ナカムラケンタ『生きるように働く』から、気長な旅へ。

私にとって生きるように働く、とは。

ナカムラケンタ著『生きるように働く』(ミシマ社)という本を読む。ナカムラケンタさんの主宰する「日本仕事百貨」を以前から読んでいたし、そこから生まれた「しごとバー」にも行ったことがあった。
そして「生きるように働く編集部」を立ち上げる、というお知らせを見て、運よく最初の募集で間に合って入れていただくことができた。

生きるように働く、は、みんなのものか。みんなのものにするべきか。

明日食べるにも困る状況で、生きるように働くなんて言っていられるのか、と思う人はいると思う。辛くても、少なくとも食えるだけ稼げる仕事がほしい。もしくは、食べていけるだけの仕事があるだけ幸せだ。と思う人は少なくないだろうと思う。

そういう人にもあまねく、生きるように働く、があるべき姿なのだろうか。それは実現できるのだろうか。

そう思うのは、自分が大学を卒業するとき就活に苦労したからなのだろうと思う。

建設業の、生きるように働く

この本に出てこない職種はもちろんたくさんある。例えば建設業。
私が取材で知った範囲でしか言えないけれど、建設業は決まりを守らないと命に関わる。安全帯をかけなかったり、道具を置きっ放しにしたりすることが事故に直結する。
だから指示系統やマネジメントがものすごくしっかりしている。上の人の言うことを守ることはとても大切だ。

特に大きな現場の所長さんは、1000人規模の人たちの信頼を得られるような、技術を見る目も人格も備えた人ばかりだった。
同じ業種の人をまとめる職長さんにお話を聞く機会もあったけれど、自分の仕事に誇りを持って、仕事を任されて、いきいき働いている人にたくさん出会った。
誇りを持っていきいき働いているイコール生きるように働く、と簡単には言えないけれど。

以前、重機オペレーター現場代理人(所長)を務める女性にお話を伺ったことがある。現場が楽しい、とおっしゃっていたので、どういうところが楽しいのか聞いてみた。

「地球をつくっているところですかね。地球を削って新しいものを立てているという意識が強いです。地球に自分のつくったものが残っていくことのうれしさとか」

「案外繊細なんですよ、重機って。何ミリ、何センチという単位で土をならしたりするんです。そんな時は自分の感覚の中に“ものさし”がないとオペレーションできない。あと2㎝くらいだな、と思いながら掘って、ベストにマッチした時はものすごく気持ちいいですね。

あとは、私たちは自然相手に仕事をしていますから、土を読むんです。例えば雨に濡れたらぬかるみがひどくなる土、水はけがいい土とか、いろんな土がある。悪い土は捨てるけど上の方のいい土だけ置いておいて埋戻しに使うとか、見分ける力もやっていくうちについてくる。
感受性の高い方はオペレーションに向いていると思います」

土を掘り、削ることは一方で、自然を破壊することにもなる。樹齢100年近い立派な木を切らねばならないこともある。ただ彼女はその現実をそのまま受け流しているわけではない。

「そこにも木が置いてあるんですけど。他の現場で切った桜の木です。産廃にすることも可能ですが、1年間いろいろな現場をたらい回しにして乾かして、やっと加工できるくらいになりました。テーブルにしようかと思っています。

そういうものを生かせる技術者でいたいんです。設計があって、処分のお金もみてくれているんですけど、そうじゃなくて、現場の中で生かせるものは生かす提案ができるように努めています」

重機オペレーターは力仕事が少なく、女性であることのハンデは感じないそうだ。

「実際、機械と技術の進化であまり重労働ではなくなってきていると思います。でも、できないと頭から思い込んでいる女性が多い。
女性の意識改革で、この業界もかなり変わってくるのではないかと思います。ずっとデスクワークをしているより運動になるから健康的だし、朝から仕事をして10時、お昼、3時に休憩と規則正しい生活リズムになります。日に焼けるのは対策をすればいい。それでお金も稼げます。

そして職人として経験を積んだ先のキャリアとして、現場代理人は絶対女性が向いていると思うんです。段取りをして、近所の人にあいさつに行って、業者さんをまとめて。主婦のやることに似ているんじゃないかと思います」

確かに、男性の多い環境でやっていく必要はあるけれど、デスクワークよりもこういう仕事の方が楽しく働ける女性は、実は結構いると思う。

しかし、そのことが仕事を探す女性にどれくらい伝わっているだろう。
トークイベントのような場にそういう人たちが出てこなくていろいろな人とつながらないのは、興味とかより先に、朝が早いし現場が週6日あるから夜出られるチャンスが少ないからだろうと思う。睡眠不足も命に関わる。さらに家族がいたりすると、なかなか仕事以外のいろいろなことに時間を割けないのだろうと思う。
自分の反省も込めて、もっと多くの人にもっと伝えられたら、生きるように働く、な人がもっと生まれる可能性はあるだろう。

生きるように働く、と、労働環境

でも、例えば1000人の働く現場で、1000人全員が誇りを持っていきいき働いているようにはなかなか見えなかった。
夏は暑いし、冬は寒いし、力はいるし、体力を使うし、朝は早いし、残業もあるし、週6日仕事があるし、決まりがたくさんあるし、一歩間違えば命の危険、という状況のもとでの、生きるように働く、を、1000人に実現することはどうしたらできるだろうか。
稼げるから、家族がいるから、いい同僚がいるから、できたときにやりがいを感じるから、と、日々のいろいろな厳しい状況に耐えながら仕事をしている人はたくさんいると思う。

現場を週休2日にしようとする議論は進んでいる。「働き方改革」は建設業にも及んでいる。でも、働く人の意識は。

多分、考え方次第なのだろうと思う。考え方次第で、かなり多くの仕事で、生きるように働く、ができる可能性はあるだろう。
それでもやっぱり思ってしまう。すべての人に、生きるように働く、を行き渡らせることができるのか。
建設業を例にしたけれど、きっと建設業に限らない。考え方を変えることで、厳しい状況のもとでの感じ方をどれくらい変えられるのか。毎日歯を食いしばっていても、生きるように働く、と言えるのか。

生きるように働く、が、誰かの生きるように働く、でない仕事の上に成り立っている可能性はないか。
人が生きるのに必要な仕事なのに、みんなが生きるように働く、を考え始めたら、誰もやらなくなってしまう仕事はないか。

そうなったら賃金を上げたり待遇を改善して人を集めるのかもしれない。
賃金が、生きるように働く、に影響を与えているということか。
きっと生きるように働く、とお金は切り離せない問題なのだろう。

誰も目を向けていないところ

そんな話がこの本に書いてあるわけではない。
10月24日のTinys Yokohama Hinodechoでの「生きるように働く 発売! 出版イベント~自分の時間を生きる、これからとは!?~」で話されたわけでもない。

このイベントではナカムラケンタさんが求人サイト「日本仕事百貨」をつくったときの話、そしてそこで出会った人の話を、本に書かれていることよりも詳しくされていった。

本に登場する人の話で特に印象に残ったのは栃木県鹿沼市にある日光珈琲・饗茶庵の風間教司さんの話だ。本を読んだときには気付かなかった風間さんのすごさに、写真とお話で気が付いた。カフェをつくるところからスタートして、まちも変えてしまった。根古屋路地という名前ができた。すごい。そんな人はなかなかいない。
カフェからまち、というと栃木県那須塩原市の「SHOZO COFFEE」も思い浮かぶけれど、それともまた違うものだということが、風間さんのどこか親しみやすさのある写真と、ナカムラケンタさんのお話から伝わる。

求人の取材ではその会社の「根っこになる部分を探す」とナカムラケンタさんは話していた。会社のすべては求人サイトに書けない。しかしその会社の姿勢や、大切なところがわかっていたら、新しい状況に出会ったときも、この会社ならこうだろうと想像することができる。入社前の想定とのギャップが起きづらいということだ。

質疑応答でナカムラケンタさんとファシリテーターの柴田大輔さん「自分も近い将来そちら側の人間になりたい。インフルエンサーになりたい。その近道は」と聞く人がいた。会場は少々どよめいた。ナカムラケンタさんは「ツイッターとかもうみんながやっていることをやってもだめ。誰も目を向けていないところをやること。自分で土俵をつくること」と話していた。なるほど…。

会場に来られていた方とお話ししていると「生きるように働く」という言葉に心ひかれた人が多いようだった。仕事で一歩踏みだそうとしている人もいた。その後の飲み会は行けなかったけれど、来てよかったと思った。

私にとって生きるように働く、とは。
まだ考え続けたいと思う。
この本は、考える旅へ送り出してくれる本なのだと思う。

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