清流の国ぎふ暮らしセミナーと、夢を手放せない人間。

もう、少し前になるけれど。
有楽町のふるさと回帰支援センターに、清流の国ぎふ暮らしセミナー『アートとデザインでマチをおもしろく! 写真家×岐阜の出版社の役割』に行ってきた。

ゲストは、岐阜県中津川市に移住し写真家兼業農家として活動する小池菜摘さんと、東京と岐阜(各務原市出身、会社は岐阜市)で二拠点生活を送るデザイナー・編集者である今尾真也さん。
そして司会は、岐阜県移住コンシェルジュを務める、NPO法人えなここで「おへマガ」編集長を務める園原麻友実さん。あれ、そのアナウンスがあったかわからないけれど、豪華。

ゲストの話を聞いてみたくてたまに移住関係のイベントに行くけれど、移住はあまり考えていないので、参加者同士話すような場面ではどきどきしたりする。でも今回はそういう場面はなかった。お話を聞く場面が続く、というのにも、よい面があるのだな。園原さんから岐阜に行ったことのある人、と聞かれた場面では半分を少し超えるくらいの人が手を挙げていて、「多い」と喜ばれていた。終わった後の様子を見ると、登壇者のお知り合いも何人かいたようだ。

小池さんは大阪のご出身で、大阪弁で明るくしゃきしゃきとお話ししてくださった。「衆生性得」というタイトルで作品を撮っているという。素敵写真!大阪から、旦那様の故郷である中津川市に移住して、農業を。カメラマンとしての仕事は、移住してからの方が増えたそうだ。ほかに人物を撮れる人が少ないと話をされていたけれど、もちろん、あんなに素敵な写真が撮れるからでもある。
収入のお話をされていたけれど、旦那様と農業もされているのだから、カメラと農業を合わせたらしっかり暮らしていける収入になるのだろうと思う。
自分は東京に来て収入が下がった。その上岐阜にいたころより生活費も増えているとすれば、いろいろと豊かな暮らしからは離れる方向にばかり行っているのかもしれない。得たものもあるけれど、失ったものも。

そして今尾さんのお話。まだ知られていないおもしろいこと、人を伝えたい、という言葉に共感した。
各務原市のご出身で、会社は柳ケ瀬にあって、商店街でのお仕事をいろいろされているけれど、各務原市でも他の皆さんと一般社団法人を立ち上げて活動されている。移住相談ブースとして来られているのも各務原市の方。
柳ケ瀬のお話もされていたけれど、聞いている方には岐阜市とはわかりづらかったかも。各務原市の印象の方が強かった。しかしそれこそが本質なのかもしれない。岐阜市が定住促進についてどれくらい力を入れているのか。柳ケ瀬に本拠を置く会社が各務原市のほうとよりつながりを深めている現実。柳ケ瀬の方々とはもちろんしっかりつながり続けているのだろうと思うけれど、市とは。

そしてフリーカメラマン福井麻衣子さんを交えたパネルディスカッション。今尾さんの、毎日仕事の帰りにべローチェでモンハンばかりやっていることに危機感を覚えた、という言葉に自分の危機感がかきたてられる。

リトルクリエイティブセンターの面接に来られた方が、岐阜駅に降り立って駅前の景色を見てがっかりするというお話があった。田舎と思ったら、町だから。
確かに、地方都市に住むという選択もあるのだろうと思う。岐阜駅近くに住んだら、名古屋に行けるし、田んぼの広がる方へも行けるし。
それには魅力的な仕事ができるということが必要なのかもしれない。クリエイターとしては、地方にチャンスが転がっている可能性がある。でも、必要なときだけ来るという関わり方もできるだけに、これまで縁のなかったところに根を下ろすというのはなかなか大変なことなのだろうと思う。それでも、根を下ろしている人の方が仕事は来やすいかもしれない。
やはり、関係人口、なのかもしれない。関わりの階段を上がりながら縁を深めていくことが移住へのステップに。それはクリエイターでも他の仕事でも同じなのだろう。

自分は岐阜の関係人口になりたいと言い続けて、岐阜を発信したいと思って、本業で隙あらば記事を出し、ブログやインスタやその他ひっそりやってはいる。でも楽市JAZZ楽団以外では、岐阜との関わりがつくれない。関係人口になれていない。岐阜の人から必要とされていないし、なかなか自分から動けてもいない。
もうそんなこと無理なのかな、と思ったりもする。熱意があっても、愛があっても、スキルのない人、力のない人はいらないのだ。当たり前だ。私には岐阜の人に響くようなスキルも力もない。

ただ、もちろん、やれることがまだあることもわかっている。
やり続けるしかない。自分の夢だから。
前向きに考えるなら、この年になっても夢があるということに感謝したい。そして、夢がなかったら日々頑張れない。
いつからか、どうも、そういう人間になっているらしい。もしかしたらそれは多くの人とは違うのかもしれない。理解されなかったり、蔑まれたりしているのかもしれない。もう少し詳細な考察が必要かもしれない。ただ、今は。

岐阜のことを発信するウェブサイトをつくりたい。
岐阜のいろいろな方にインタビューしたい。どっしりインタビューしたい。何かを成し遂げた人に限らず、日々穏やかに暮らしている人にも、縁の下で支える人にも。
に、まず向けて、どういうやり方が一番適しているのかはずっとわからないままで、うまくリスクを負うこともできていないけれど、少なくとも、続けることだけは。

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