大垣まつりはお正月。関東から毎年大垣まつりに参加し、情報発信も行う立花寿圭六さん

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、今年は数多くのイベントが中止になった。その一つ一つが、関係する人々が思いを込めて準備していたものだと考えると、気が遠くなる。
岐阜県大垣市で毎年、5月2週目の土日に行われる「大垣まつり」も、今年は中止となった。

大垣まつりでは13両の軕(やま)が巡行する。それは曳き手である「手古(てこ)」やからくりを操る人、踊り子、裏方として支える関係者など、多くの人の尽力によるものだ。


2014年の大垣まつりでの軕の巡行(写真提供:立花寿圭六さん(以下の写真全て))

軕を持つ十ヶ町に住む人だけでなく、離れて住む人もまつりになると集まってきて参加する。市内や県内の人もいれば、東京や大阪の人もいる。

立花寿圭六(すけろく)さん(ハンドルネーム)も遠方から参加する一人だ。大垣市内の出身だが、軕のある十ヶ町に住んでいたわけではない。小学生で玉の井軕の踊り子を経験し、大学進学のため茨城県つくば市に転居した後も、毎年まつりのときには大垣へ帰り、関係者としてさまざまな働きをしている。
それだけでなく、2015年にはまつりに関わる20代の人々と「ユネスコ無形文化遺産 国重要無形民俗文化財「日本の祭りの山・鉾・屋台行事」の一つ「大垣祭の軕行事」を伝える若手の会」を結成した。大垣まつりに関わる若い世代が町を超えてつながる場にするとともに、SNSなどでまつりの情報を発信している。

寿圭六さんはなぜ、関東にいながら大垣まつりに関わり続けているのだろうか。お話を伺っていると、寿圭六さんが距離を超えて、大垣まつりにしっかりと自分の居場所を持っていることがわかってきた。


立花寿圭六さん

伝統を受け継いだからには

大垣まつりの13両の軕(やま)には、からくりを行う軕やお囃子の軕、舞台で踊りを披露する軕などがある。大垣八幡神社での奉芸や市役所前での掛芸披露など、芸を見られる機会に多くの人が集まる。出店も多い。


寿圭六さんが関わる、船町の「玉の井軕」。舞台で踊りを披露する「踊り軕」だ

13両のうち3両は江戸時代に大垣藩主から下賜されたもので、残り10両は市内の十ヶ町のものだ。藩主下賜(かし)の軕と町衆の軕が併存する形態は全国的にも希少である。また、からくり人形には中京圏、芸能には近畿圏の影響が色濃く、東西の祭礼文化の交渉もうかがわれる。1891年(明治24年)の濃尾大震災や第二次世界大戦でいくつもの軕が失われたが、復元が進められ、2012年には70年ぶりに13両が揃った。

2015年には「大垣祭の軕行事」が国重要無形民俗文化財に指定された。翌2016年には、「山・鉾・屋台行事」として、ほか32件の全国の祭りとともにユネスコ無形文化遺産に登録され、その価値は広く認められるようになっている。

寿圭六さんが初めて大垣まつりを見たのは保育園に入るより前だ。初めて見た軕に興味を示し、まつりに参加したがったという。

寿圭六さんをまつりに連れて行った両親は、もともと和洋の古い文化が好きで、寿圭六さんはそれらにも興味があった。そこで両親は寿圭六さんに日本舞踊を習わせることにした。その師匠が玉の井軕の踊り子にも教えていたため、寿圭六さんは玉の井軕を担当する船町の出身ではないが、まつりで踊り子を務める機会を得た。

玉の井軕の踊り子は毎年、小学6年までの子どもが務める。小学3年と5年で踊り子を務めたときのことを、寿圭六さんはよく覚えているという。


2002年、小学3年時の様子


2004年、小学5年時の様子。後列右が寿圭六さん

発表会のホールで踊るときは、お客さんは前にしかいません。照明のついた舞台から見えるのは前の2列くらいで、その後ろは暗くて見えないので、そんなに緊張しないのです。
でも軕では照明がないので、お客さんが丸見えです。そして自分の後ろ以外の全方向から見られています。いろんな人がいろんな角度から見ている、その視線を感じつつ踊らなければなりません。しかも、軕が止まっているときもあれば動いているときもあります。大垣まつりで踊るときが一番緊張しました。

そして、踊り子は体力がないとできません。朝4時くらいから美容室でヘアメイクをして、その後着付けをして、7時台に軕に乗る。終わるのは夜の10時くらい。それを二日間やるのです。小学生がなかなか経験できないことです。
でも、つらい経験ではなく楽しい経験として覚えています。いろいろな人が見てくれて、笑顔で楽しんでいる様子がわかるので、より楽しく感じるのです。

小学校5年生で2度目の踊り子を務めあげ、後宴(ごえん)に参加した寿圭六さんは、そこで恵比須軕についての話を聞く。その翌年は、船町が玉の井軕に加え、大垣藩主下賜の恵比須軕を担当する、4年に一度の年だった。


恵比須軕。まつりの前々日から行われる「先ぶれ」での様子。

恵比須軕はからくりや踊りの舞台がなく、お囃子を中心とした軕だ。翌年に向けて月に一度、まつりに関する話を聞いたり準備をしたりする集まりがあると知った寿圭六さんは、自主的にそこに参加し、篠笛の練習を始めた。

何をやっているんだろうと興味を持って行ってみると、「踊り子の子だよね」と歓迎されて、そこで軕の話やお囃子をじかに聞き、覚えるようになりました。
来ているのは年配の方や、次に役員になる人ばかり。その人たちといい関係が築けました。今でも、要職についたその人たちと気軽に話ができます。

中学生、そして高校生になっても、寿圭六さんは毎年大垣まつりに参加していた。プログラムを配ったり、歩行者の交通整理をしたりと、さまざまな裏方の仕事を担当。普段は厳しい両親も、まつりに関しては何も言わなかった。そして、まつりに確実に参加できるよう、練習や大会がまつりの日と重なりそうなスポーツ系の部活には入らなかった。

お囃子を聞いたり、からくりを見たりするのが好きだったのかもしれません。踊り子として踊りを披露するだけでなく、軕を披露するということも楽しいと感じていました。
そして、私がやらなければという思いもありました。伝統を受け継いだからには、やらないとまずいかなと。

同世代でまつりに参加している人は、当時の船町には他にいなかった。
高校卒業後、寿圭六さんは大学進学のため大垣市を離れ、茨城県つくば市に転居した。その後の参加はまつり当日が中心だ。ただ、船町の関係者のLINEグループに入っているため、さまざまな情報を共有している。帰省したときにお囃子の練習があれば参加することもできる。
軕の関係者にはさまざまな仕事がある。巡行時の交通係、お囃子、ご祝儀集め…。寿圭六さんは現在、お囃子を中心に活動している。


2012年、踊りを披露する玉の井軕の踊り子たち。踊り子は毎年5人おり、このときはそのうち3人が舞っている。一人または二人で踊る曲もある

まつりの継承に向け、若い世代をつなぐ

2015年、寿圭六さんは「ユネスコ無形文化遺産 国重要無形民俗文化財「日本の祭りの山・鉾・屋台行事」の一つ「大垣祭の軕行事」を伝える若手の会」を結成した。当初のメンバーは3人。寿圭六さんから声をかけ、意気投合した20代の人たちだ。

Twitterで軕について語っているつぶやきを見つけて、自分と似た匂いを感じました。プロフィール写真を見て、顔を見たことのある、あの町のあの人ではないかと気付いたのです。Twitterで話しかけてみるとリプライのやり取りが長く続き、「まつり当日に会いましょう」となって、会って意気投合したのがメンバーの一人との出会いです。

若手のうちから交流を深めておけば、お互いが町の担務委員長などになったときに、もう少し円滑に議論が進むのではないかと思っています。
また、今はまつりに関する情報共有が十分ではない部分があります。例えば雨が降ったとき、各町内がどういう動きをするかわからず、私自身もSNSで疑問を見つけても答えられなかったことがありました。

メンバー内でLINEやSkypeのグループをつくり、情報交換をしている。また、寿圭六さんは会のFacebookグループをつくり、関係者以外も招待して、まつりの情報を発信している。今年、まつりが開かれる予定だった日には、YouTubeでの生配信も行った。

私の中では、今年も普段通りにまつりを純粋に楽しめた時間になりました。

発信しているのは観光情報だけではない。YouTubeに過去のお囃子の録音をアップしたところ、「貴重な音源」と関係者に喜ばれているという。近年では国重要文化財指定やユネスコ登録を受けて、これまでカセットテープなどでお囃子を流してきた町内でも、お囃子の保存に取り組み始めている。

昭和の終わりごろには「若手世代は働け」ということで、年配の人しかまつりに参加できなかった時代がありました。それで伝承が止まっている部分があります。
お囃子も、カセットテープの音源はあるけれど、生音でやろうとすると笛が吹ける人は限られています。また、音源には三味線や鉦が入っていますが、今では使われていません。若手の会のメンバーには、古老たちの話を聞いて、昔のお囃子を復活させようと動いている人もいます。

まつりの情報発信、記録保存、復元と、20代の方々が大垣まつりの継承に向けてさまざまな動きをしているようだ。こうした動きはさらに広がる見通しがあるのだろうか。

若い世代では、ユネスコ登録を受けて軕に興味を持ったという人も多いです。大垣の人でも、軕をもっている町以外では、大垣まつりイコール軕というイメージがあまりありません。それなのに、なぜ登録されたのかと。

一方で、何かやってみたいけれど手段がわからないという人も多いです。その場合は、まつりのときに軕の近くに紋付き袴を着た町の人がいるので、話しかけてみるのもありかもしれません。外の人が入りづらい町もありますが、敷居が低い町もあります。

オンラインで普段からつながる

毎年大垣まつりの日には、つくばから大垣に帰るという寿圭六さん。実は大垣まつりの担い手には、町出身者も含め、今は町外に住む人が多い。県内だけでなく東京、大阪など遠方に住む人も珍しくない。

大変だとはあまり感じたことがありません。大垣にいても、まつりの関係者で会える人は限られるでしょう。こちらにいても一緒だなと思うことは多々あります。関東で大垣まつりの関係者に会えることも、たまにあります。

大垣に帰るのは、まつりのときを含めて年に数回。そんな中で、関係者のLINEやSkypeのグループの果たす役割は大きいという。

普段からお話のできる場があって、そこでコミュニケーションを取る、普段からお話ができる関係であるということが重要だと思います。

大垣を離れても、自分から若手の会を結成したり、情報発信をしたりと積極的に活動している寿圭六さん。

好きだからこそ動くんですよね。苦手なことなら受け身になるかもしれませんが、好きだからこそやる。

「大垣まつりはお正月」と関係者筋ではいつも言っています。年始には家族で集まりますが、それ以外の方とお話しする機会がありません。昔は町内会などでも年始に集まっていたのかもしれませんが、今ではそうしたことはありませんので。
私にとって、町内会や関係者の人たちと集まれるのは大垣まつりの場。普通では集まれない「家族」が集まってくる、お正月と同等の場なのです。

今後は文献などを調べて大垣まつりの「謎」を追求していきたいという寿圭六さん。最後に、来年のまつりに向けて、大垣まつりの見どころを教えていただいた。

やはり、軕を見てほしいです。例えば土日とも、朝8時45分から大垣八幡神社の鳥居の前に来ると、最初の軕から最後まで見ることができるのでおすすめです。
軕の造形や彫刻などを間近で見たい方には、日曜日の昼休憩の時間が特にいい。本町通りに軕がずらっと並んで、40~50分その状態が続くので、詳しく見られますよ。


踊りの最初と最後にはお客様に挨拶

長年、つくばから大垣まつりに参加している寿圭六さん。軕を担当する町の出身ではないが、小学生のころからまつりに積極的にかかわり、上の年代の人たちからかわいがられてきた様子が想像できる。伝統を次代へ継承したいという思いを強めながら、役割を着実に果たす中で、まつりに居場所をつくり、町の人たちと「家族」とも言えるほどの温かい関係を築いてきたのだろう。

そして寿圭六さんは、新型コロナウイルスによって社会状況が変わるずっと前から、オンラインの手段を活用して、町の人たちと継続的につながりをもっていた。

近年では、地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」の重要性が指摘されることが多い。これまでの「関係人口」づくりでは、地域を実際に訪れることが重視され、そのための交通費や時間のある人でなければ関係人口となるのは難しいという面もあった。しかし寿圭六さんのお話からは、実際に訪れることが少なくても、まつりの関係者、つまりお客ではなく迎える側として関わり続けることができることがわかる。

ここに大きな役割を果たしているのがオンラインの手段ではないか。寿圭六さんの場合で言えば、LINEグループとSkypeグループだ。LINEグループでは普段から情報共有をすることができ、距離によるタイムラグもない。そしてそれだけでなく、Skypeで継続的に顔を合わせて話をする機会もつくっているところが興味深い。実際に訪れなくても、顔を合わせることにはやはり意味があるのではないか。こうしたつながりは、情報発信などのモチベーションにもつながると思う。

まつりの継承を考えれば、今後は新たな担い手の参加が増えることが望ましいだろうが、自分から飛び込むのはハードルが高いと感じる町外の人もいるだろう。
例えば地域の団体が、町外の人を歓迎してくれる町と協力して、参加希望者との橋渡しをするのもいいかもしれない。そしてそれだけではなく、市内の希望する児童、生徒に参加してもらう道を開くというのも一つの方法ではないかと思う。寿圭六さんのお話からもわかるように、子どものころにまつりを経験していれば、大人になってたとえ市を離れたとしても、まつりに戻ってきやすいかもしれない。現地を訪れるのも、1年に1回なら交通費や時間の負担が少なくてすむ。

まつりへの参加が必ずしも、より関わりの深い「関係人口」となるような、多様な地域への関わりにつながるとは限らない。ただ、まつりは地域の人と温かい関係を築ける場であることがわかる。そこは、まちへの愛着を持ち、何かあったときに関わりを深められる可能性のある人の、すそ野を広げる場でもあるのではないだろうか。

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