人生、どうせなら楽しいことを。パラグライダーと文章を書くこと、仕事をしながらどちらにも精力的な、かにさんが見つけた新しい世界。

「今年はプライベートも充実させたい」。年始によく聞くフレーズだ。なかなか実現させづらいことだからなのだろう。楽しそうなことを見つけても「仕事が忙しくて疲れているときもあるし、続かなさそう」と、始めるのを躊躇した経験のある人もいるのではないか。

今回インタビューさせていただいたかにさんは、出版社での編集者を経て、現在はウェブサイト運営の仕事をしている。その一方で、週末はパラグライダーで空を飛びに、片道2〜3時間かけて埼玉県から茨城県石岡市へ通う。また、文章を書くことにも積極的だ。自分のブログを更新するだけでなく、オンラインコミュニティに参加するなどして、よりよい文章が書けるよう努力を続けている。
なぜ、仕事が充実しているのに、仕事以外でもそれほどアクティブに活動しているのか。どうしたらそんなことができるのか。お話を伺っていると、かにさんの考え方を具現化させる具体的な方法、そして複数の楽しみがあるからこそできることが見えてきた。


地上練習(グラウンドハンドリング)をするかにさん

飛ぶ楽しさは、納得と無理ない継続のうえに

長いときは2時間くらい飛び続けています。飛んでいる間は暇だと言う人もいますが、私は「次にどっちへ行ったら上がるかな」「あの人、あんな動きをしている」「あそこにトンビが飛んでいる」とか、世界を観察するのに忙しい。流行り言葉で言えば「マインドフルネス」、今のことで頭が精一杯です。
普段の私は内省的なタイプで、仕事や人間関係など悩みがたくさんあります。それを考えるのは楽しくもあるのですが、パラグライダーで飛んでいるとそれどころではなくて、今を楽しむことで精一杯になる。そこにはまっているのだと思います。

かにさんがパラグライダーを始めたのは2016年11月。栃木県栃木市の大平山でハイキングをしていたとき、かにさんは偶然、パラグライダーをしている人たちに出会った。その中の一人の男性が話しかけてくれ、「歩いて下りるよりも、飛んで降りた方が楽しいよ」「誰でも飛べるよ」と語ってくれた。

そこは標高が300メートル代の低山で、断崖絶壁もなく、飛んで田んぼに降りるような平和な感じだったので「確かに楽しいかもしれない」と思いました。

調べると、パラグライダーの体験を受け付けているスクールの情報がいくつも出てきた。素人でもできると知ったかにさんは、友人と3人で予約することに。しかしそのうち一人は子どもの病気で行けなくなり、もう一人の友人は前日になって「やっぱ怖いからやめとくわ」とキャンセル。一人で体験することになった。

筆者はパラグライダーの写真を見ていると、「怖い」と言った友人の気持ちがわかる気がしてしまう。かにさんは怖いとは思わなかったのだろうか。

思わなかったですね。高所恐怖症ではないから。 

体験したのは約3時間のパラグライダーのレッスンと、タンデムと呼ばれる二人乗りのフライトだ。

飛んでいたのは10分くらいでしたが、とても楽しくて、一瞬に感じました。もっと飛びたい、もっとやりたい、という気持ちでした。

そこからスクールを決めて入校するまでに、かにさんはさまざまなことを調べた。一つは費用についてのことだ。

空を飛ぶ趣味は、お金がかかるのではないかというイメージでした。どれほどかかるのか調べて、これなら自分にもできるだろうと確かめてから手続きをしました。

額が大きいのは機材費だ。最初は無料でレンタルできるスクールが多いが、山上から飛ぶようになると有料になるため、自分で購入する人が増える。一式で約50万円だ。それ以外に、スクールの月謝が5,000~10,000円かかる。

この金額をどう捉えるかは、その人の経済状況だけでなく、考え方によっても変わってくるだろう。趣味にこの規模の金額をかける人が他にいないわけではない。例えば趣味が楽器演奏でも、楽器の購入時にまとまった費用がかかるが、普段はそれほどでもないという場合が多い。パラグライダーも、機材の購入費用が賄えれば、それ以外は見通しが立つ人は少なくないだろう。
ただし、楽器は中古も含めて安価なものから探すという手があるが、パラグライダーは品質が命に関わるため、大幅に安いものは存在しない。

かにさんはパラグライダーの安全性についても調べた。

意外と、自動車運転の方が事故が起こる確率も死ぬ確率も高かったです。私は車の運転がとても苦手なので、車よりは安全なのではないかと思い、納得しました。

そして、かにさんが入校した茨城県石岡市のパラグライダースクール「ソラトピアつくば」も、念入りに探して見つけたところだ。

私は、よくわからないことができません。運動をやっていた人は、何となくバランスが取れたりする。でも私は「ここでこう浮力が発生して……」と頭で理解できてようやく、自分の体で実現できます。

私のように理屈っぽい人間に教えてくれるところはないか、検索して探していたら、ソラトピアのウェブサイトに「パラグライダーがなぜ飛ぶのか」「なぜこういう動きをするのか」などと詳しく書かれているのを見つけました。

実際にソラトピアでは、パラグライダーのライセンス取得試験に向けた対策のみならず、天気が悪くなったときなど、折に触れて理論の説明を受けている。

現在は月2回ほど、週末に泊まりがけでソラトピアを訪れて飛んでいるかにさん。スクールまでは車で2〜3時間かかり、飛びに行く日は朝6時30分には自宅を出る必要がある。
平日は忙しく仕事をして、土曜の朝も早起き、しかも泊まりがけ。趣味でそこまでのやる気が起きない、土曜の朝は睡眠欲に負ける、という人もいるだろう。飛ぶ前のこの壁を、かにさんはどう感じているのだろうか。

朝に起きられなくて、ドタキャンすることもたまにあります。
天気が悪い日も意外と多いので、狙うのは土日の両方とも晴れそうなときです。平日は残業もある仕事ですが、土日は両方とも休みなのが助けになっています。


離陸場。長野県白馬村で飛んだときのもの

公開するなら、多く読まれるよりよい文章を

かにさんがパラグライダーと出会うきっかけとなったハイキングを始めたのは、2010年ごろのことだ。当時住んでいたシンガポールで、ずっと都会にいる生活に疲れていたときに友人から誘われ、行ってみると楽しかった。

しかしそれ以前は「インドアの趣味だけだった」というかにさん。子どもの頃から運動が大嫌いで、文章を読むこと、書くことが好きだった。
パラグライダーとは少しイメージの違う話だ。

インドア派で理屈っぽく、人と喋るのはあまり好きではないが、読書感想文なら書ける、という子どもでした。
中学生の時には自由研究で、村上春樹の小説を違う文体に書き換えることをやりました。特徴的な「村上文体」を抜き出して普通の文体にしたり、3人称を2人称にしたりということです。指導する先生も大変だったと思います。

しかし大学で専攻したのは数学。その後も、文章を書くことそのものを仕事にしたことはない。

書くのも読むのも好きだけれど、ひたすら自分が楽しむために書いているし読んでいます。
「できること」「やりたいこと」「お金になること」の三つの要素が重なる部分が、仕事になることです。自分としては、文章を書くことは「やりたいこと」で「できること」。それを「お金になること」、つまり人を楽しませて評価してもらえるようなことに近づける努力はしていません。仕事にしようとすれば、世の中の人が何を求めているかをもう少し考えなければならない。

書くことを仕事にできるといいのではないかと何度も考えるし、いずれそうなることもあるかもしれませんが、今はそこは追求していません。

仕事にしているウェブサイト運営や、以前の仕事である編集の仕事については、「書く」こととどう捉え方が違うのだろうか。

自分自身も好奇心をそそられて面白い、なおかつ少数の愛好家だけではなく、より多くの人が「面白い」と感じる。それによって「できる」「やりたい」「お金になる」ことをすべて、ある程度満たしてくれるものが仕事になっています。

仕事ではない「書く」ことだが、かにさんはそれを続け、積極的に磨こうとしてきた。2016年には天狼院書店のライティングセミナーに通い、課題を週一本提出してコメントをもらう経験をしている。
現在は、自身のnoteを継続的に更新。さらに、「書く」と共に生きる人たちのためのコミュニティ「sentence」に参加している。ライティングに関するセミナー等を受講するだけでなく、コミュニティのイベントで公式レポート執筆に立候補したり、原稿を1時間で1本書き上げるオンラインイベントを主催したり、自分の原稿にフィードバックをもらったりもしてきた。
もちろん、晴れた週末にはパラグライダーで飛びながらだ。

「趣味でそこまでのやる気が起きない人もいる」というのは、パラグライダーだけでなく、書くことについても同様のことが言える。かにさんはなぜ、仕事ではない書くことに、これほど力を入れているのだろうか。

書くのをやめているときもあります。興が乗るとブログを1週間に1回更新することもあるけれど、しばらく止まることもある。それでもいいやと思っているから続いているのでしょうか。

個人的な事情で、ブログを書くのを止められていた時期もあります。書くことは仕事ではないし「別にいいか」と思いながらも、ストレスが溜まりました。公開しない、自分のためだけの文章はいくらでも書いていいはずなのですが、だんだん書く頻度が下がり、書かないと書けなくなっていく。自分の呼吸というか、生きている体の一部を潰していくような感じでした。
ライティングセミナーは、そのリハビリという側面もありました。

書いて公開するのだから、少しでも多くの人に読んでもらえたら嬉しい、そのためにいい文章を書きたいという気持ちがある。ファンクラブができるほどの読者数を獲得しようとはしていませんが、一人でも二人でも読んでくれる人がいるなら、その時間を有意義なものにしたいです。

パラグライダーについて書き始めたら、「書く」の世界が広がった

スクールからのツアーで、パラグライダーの楽園とも言われるトルコ・オルデニズでも飛んだ

2020年3月から、かにさんは自分のnoteで、パラグライダーについて書き始めた。これまで、始めたきっかけや、パラグライダーの「風」「揺れ」「重さ」「費用」などをテーマに書いている。

最初は思いつきで始めたのですが、「これいいな」と気付きました。
具体的なトピックがある方が周りの人にも「読んで」と言いやすい。それに、パラグライダーについて書いた文章は少ない。読みたい人もそれほど多くないかもしれませんが。
そして自分にとって、文章を書くこともパラグライダーを楽しむことも、両方かなうことです。

パラグライダー以外だと私は「自分語り」、自分の内面を語りたがる傾向があります。公開するときはそれでも面白くなるように頑張りますが、自分のことを知らない人にまで響かせるのは、なかなか難しい。
でもパラグライダーについてなら、テーマが明確に決まります。パラグライダーに興味がない人にも、具体的な活動についてその人の知らない知識を提供できる、つまり提供できる価値が明確にある。

パラグライダーをやっている人とやっていない人、両方からコメントをもらえるのが嬉しいです。やっていない人からは「読んでちょっと興味出ました」、やっている人からは「運動が苦手でもやっている人がいるんだね」「他の人がなぜ始めたかも聞いてみたい」などと反応がありました。

2020年11月からは、インタビュー記事の掲載も始めた。最初に取材したのは、パラグライダー仲間の「ぬきさん」。パラグライダーで怪我をしたが、リハビリを続け、約1年後に復帰した男性だ。

私自身、「sentence」の「オープンインタビュー」(インタビュー取材の一連の流れをコミュニティに公開しながら進める企画)を見ていて、自分のブログでもインタビュー企画をやりたいと、何となく思っていました。でも「誰にお願いしようか」と思ったままで、なかなか人に言い出すことができなかった。

そんな中、ぬきさんが復帰してもう一度山上から飛んだころに彼と話をして、諦めずにやっていてすごい、話を聞いてみたい、と思いました。今のぬきさんに取材して残しておけば、彼にとっていい記念になるのではないか、プレゼントしたいという気持ちでした。

書いている最中は怖かったです。彼はいろいろなことについて意見を述べ、メッセージを発していたのですが、その全部を取り上げるわけにいかない。削って削って、これならパラグライダーと関わりのない人が読んでもわかるかな、と思える形に仕上げました。
できあがってみると、ぬきさんが読んで喜んでくれたのでありがたかったです。一番嬉しかったのは、ぬきさんの奥さんが「素敵な取材記事ね」「よくまとめてくださいました」と言ってくださったと聞いたことですね。

かにさんはその後も、パラグライダー関係者へのインタビュー記事掲載を続けている。二人目にインタビューしたのは30代の女性だ。一人目とは対照的に「強いメッセージ性はない、ふわっとした語り」のまとめ方に苦労したが、「sentence」で意見をもらうなどしながら形にした。

パラグライダー仲間は10代から70代までいて、ゆるい人間関係があります。普段は話すより飛ぶのに忙しいので、個人的に取材する機会を作らせていただくと、しみじみと話を伺えて面白いです。

仕事をしながら、それ以外にパラグライダーで空を飛び、文章を書き、インタビューも始めた。飛ぶために早起きもするし、いい文章を書きたいと積極的に学びの機会を作っている。それでも「ドタキャンすることもある」「書いていない時期もある」と、無理をしている様子もない。
なぜ、自然体のまま、そこまでアクティブでいられるのだろうか。そう聞くと、かにさんは少し考えてから口を開いた。

人生は壮大な暇つぶしですからね。暇つぶしするなら楽しいことをやっていきたい、というのはあります。

パラグライダーはいい趣味ですが、決定的な弱点は、雨だとできないことです。「ステイホーム」と言われてもできなくなってしまう。あるとき、それなら文章を書いたり読んだりしていればいい、と気づきました。「晴耕雨読」というわけではありませんが。

昔はインドアの趣味だけだったので、ずっと家にいるのに何も生産的活動をしていない自分に「うわー」と思うこともありました。今もたまにはありますが、以前より、めりはりがつきやすくなった気がします。

最後に、この先やりたいことを聞いてみた。

最近の大きい人生テーマは「続けていきたい」です。「広げるより深める」でもあります。
もともと、かなり飽きっぽい。でも特に、パラグライダーについて文章を書くことはぜひ続けて、深めていきたいと思っています。取材記事も、自分のエッセイ的な文章もです。
お金にしようとすると、パラグライダー雑誌の編集部に持ち込みをするとか、YouTubeを始めるとか、やり方はいろいろ考えられます。しかし、欲を出して頓挫するよりは、今できることを続けていきたいです。

次に取材を予定しているのは、30年くらい飛んでいる方です。以前から取材させていただきたかったのですが、ネタがありすぎてどう聞いたらいいかわからず「ちょっと待っていてください」とお願いしていました。
とりあえず話を聞いて記事にすることもできるかもしれない。しかし、とりあえずやるのと、自分が納得できるようにやるのとでは、できあがる記事のレベルが違ってきます。自分のペースで進められるのが、非商業的活動のいいところです。
自分が納得する文章で、自分の周りの人に一人でも多く読んでもらえるようにしたい。地道に少しずつ進めたい、粛々と続けていきたいと思っています。

かにさんのお話からは、自分の楽しみの活動をやり始め、続けるための具体的な方法が見えてくる。例えば以下のようなことだ。

・始める前に、そのことをよく調べる。特に、費用は賄えるのか、リスクはどこにあってどれほどの大きさか、など。
教え方に共感できるスクールを選ぶ。
無理なく続けられる頻度でやる。
自分が納得できるような形でやる。人の評価を求めなくていい。
・「晴耕雨読」など、複数の楽しみのバランスを自分なりに考える。
・楽しみが複数あると、それらを掛け合わせて独自の活動ができ、そのことで活動をさらに充実させられる可能性がある。

楽しそうなことをなかなか始められないなら、まずは上記のようなことを一つずつやってみるのもいいかもしれない。それだけでも楽しいかもしれないし、今まで始められなかった原因がどこにあるかもわかるかもしれない。
楽しみを複数持つには、こうした方法に加えてエネルギーも必要だろう。ただ、それらを掛け合わせると、独自の視点を持つことができる。そのことが活動のモチベーションにもつながるかもしれない。また、かにさんのインタビュー企画からもわかるように、一つの活動を通じた人とのつながりは、別の活動でも生きる可能性がある。

このインタビューにあたってのかにさんとのやりとりは、一つ一つが丁寧で、筋が通っていた。そうした姿勢は、上記のようなことの遂行を積み重ねてアクティブに活動することにも、また周りの人といい関係をつくりながら活動を続けることにも、役立っているのではないかと思う。

そしてその姿勢は、仕事によって培われた部分もあるのではないかと、かにさんが仕事も面白いと話す様子から思う。かにさんの楽しみは仕事からの逃げではなく、仕事も個人的な楽しみも「人生」であり、「壮大な暇つぶし」なのだろう。それでも、それだからこそ、一つ一つに一生懸命取り組んだ方が人生が楽しくなるのかもしれないと、かにさんのお話から思う。

もちろん、そんなにうまくいく場合だけではないだろう。やっぱり仕事だけになってしまったり、育児や家事も抱えて余裕がなかったり、余暇は充実していても仕事に手応えがなかったりするときも、もちろんあるだろう。それでも、全ては「人生」の中でつながっている。かにさんがパラグライダーについて書きはじめたように、今やっていることがどこかで別のこととつながり、自分の独自の強みと言える領域に出会えるかもしれないのだ。

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この記事は、「書く」と共に生きる人たちのコミュニティ「sentence」の企画「ペアインタビュー」に参加して執筆したものです。
全ての写真提供:かにさん
かにさんのnoteマガジン「パラグライダーで空を飛ぶ

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